下駄話。



ちょいとあんさん、聞いてんか。
ここや、ここ。足元。からんころん。
せや、下駄でんねん。
なんで下駄が口利くねんとかそんな初(うぶ)なこと言うたらあかん。あんさん知らんのでっか。ここ、秋津邸でっせ。秋津の本家、巫覡の衆の総本山や。…や、知らんわけあらしまへんよな、こない奥に通されてはんねやから。こら失敬。堪忍な。
ほんでその下駄がどないしたって。せっかちなお人やな、物事には順序言うもんがありまんのや、いきなし結論からやなんて野暮極まりないこっちゃで。なに、こっちも暇やないって? なに言うてまんの。あからさまに暇してはりましたやんか。縁側で大口の欠伸かまして。見てましたで、わし。大方登与姫はんに邪険んされて逃げてきなはったんやろ。あー、あー、そないがならんでよかですわ。下駄風情って。アホ言うたらあかん。確かに化生としたらぺーぺーの百とせに足らん…あ? なんでそんなんが化けんのやって、ほんま辛抱の足らんお人やな。話は最後まで聞きなはれ。下駄は下駄でもただの下駄と違(ちゃ)いまんのや。
わし! 暁彦はんの下駄でんねん。
…はれ、お客はんどないしはりましたんや、いきなりそない遠ざかりはって。行儀もなっとりゃしませんのんか。ええお年してはりますのに。わしとおんなしくらいでっしゃろ?
暁彦はん、ご存じでっか。登与姫の兄上様、先代秋津ご宗主や。
稀代の巫覡言われた方やで、御老みたいな端くれさんやとお会いしたことないかもやけど噂くらいは聞いたことあるはずや。せや、もう随分前に亡くならはった。まだまだこれからのお若い時分に戦争に取られてしまいはって。ん? そんなん知っとる? ほなら登与ちゃんのご苦労もんか? そらお見それしやした。前言撤回するわ。端くれやのうてご縁戚。
ほんでな、本題。ご存じのとおり、今はさしもの秋津の家もとにかく手駒が足らんねん。わしみたいなんでさえ化生せなあかんくらいや。登与ちゃん頑張ってはんのやけどな、ひとりやどうもならんことやってある。小さいお子がいはんのやけど、母親はできても父親にはなられへんやろ。坊の勘が強いよって手ぇ焼くこともしばしばや。坊もな、もうちょい大きくならはったら力の加減もできはんねやろけどな、今はなんでもだだもれや。知ったはる? すごいねんで。さすが暁彦はんと登与姫の一粒種や。天地(あめつち)とンつーかーぶり言うたら暁彦はん以上かも知らんわ。せやのにや、今んお屋敷にはお世話申し上げるに不足ない式の一匹もおらんのや。
そないなわけでわしの出番や。小物やけどな、下駄やから。…わからんって顔してまんなぁ。あきまへんでそないなことやったら。あんさんかて外出んなるときは履きますやろ、履物。あんさんと天地を隔てる皮一枚、や。だだもれの全部なんかよう抑えやしまへんけど、わし、暁彦はんの下駄でんねん。多少の邪気くらいは防げまんねや。
ほい、ここまでよう辛抱いただきました。そんなあんさん見込んでのお願いや。
アキちゃんがな、…登与ちゃんの子ぉの方やがな。その秋ちゃん。わし履かずに庭出てってしもたんや。お屋敷内や、変なもんは入れへんし、びっしり苔も生えとるしめったなことない思うけど、怪我してもうたら一大事。ちょぅ悪いけど探したってくれへんか? 連れ帰ってきてくれてもええし、わし連れてってくれてもええわ。なんしかあの子がええようにしたってや。かわいそうやねん。登与ちゃん忙しいねんわ、今。舞はんも手ぇ放されへん。まだ小さいのんにひとりでおとなしゅうしてはるんがな、なんともいじましいてな…内々の小者みんなしてかまってさしあげよかとも思うんやけど、わしらみたいなんが秋津の跡取相手に恐れ多い向きもある。どうしてもどっか遠巻きになんねんわ。
かわいそうやなぁ。寂しいやろなぁ…。
そう思わはるやろ? いやいや、渋い顔したはるけど、秋ちゃんに会うたら一目ぼれしはるに決まっとうわ。わしなんかいっつも涎垂れそうやもん。そんな下駄あかんよって我慢するけどな。
ほれ、しのご言わんとたのんまっさぁ。秋津の下駄に恩売って損することはあらへんで!



H22.1.20 [ ]

読みにくいけど堪忍な!
と、おとんの下駄のくせに大阪弁なのはご愛敬。(笑)