「食えもしないのに桜(こんなもの)をありがたがる人間(おまえ)らはよくわからんな」 ひらひらと舞い落ちる花びらをまるで猫そのものの仕草で追いながら、先生が毒づいた。 「どうして。妖(あやかし)だってきれいなものは好きだろう?」 夏目はその淡い色合いから目を離さないまま、ぬくい春日に目を細める。 花をうまく捕らえられぬことに苛立ってか、先生が不機嫌そうに鼻を鳴らす。 「ふん。そんなのは惰弱なヤツだけだ」 近所の公園の桜の下ではござを広げての宴会がたけなわ、浮ついた陽気はこちらまで伝わって他人事ながら胸が弾んだ。あまり深く考えることもなく思いつくまま夏目は口を滑らせた。 「意外だな」 「なにが」 「先生は宴会好きだから絶対花見も好きだと思ってた」 どこからくすねてくるのやら、銚子を手酌で踊る猫は違和感なく花の下に溶け込むだろうに。 「………宴会は好きだ」 「桜は要らない?」 「要らぬ」 とても良い天気なのだ。桜はもう開ききっていて、気の早いものはすでにはらはら、はらはら、惜しげなく花びらを脱ぎ捨てている。 そよと吹く風に落ちるそれを息を詰めて見守って。 「桜は目まぐるしくて落ち着かん」 目で追っていた一枚が音もなく地に着いて、ようやく息を吐く。だから、先生の言葉は脳までは届かなかった。 「先生?」 問い返せば猫はぐるり、とその珍妙な頭を振り向かせて、眩しいものを見るように目を細めた。 「花見酒ならいつでも大歓迎だぞ夏目!」 酒だ酒、酒よこせ! 唐突に連呼する声に先の言葉は押し流されて、とうとう花に埋もれて隠れてしまい、ついにもう一度見つけることはできなかった。 |
八周年記念リクエスト、「夏目と先生で花見風景」です。 ……が、風景になってない。と描き上がってから気がつきました。ので、駄文を追加してみたんですが…。この絵は緑川先生並みに桜を誤魔化してますね!(笑) お粗末様でした。 08.06.08 [ 戻 ] |