*** 青い春(8.学校)
 
 
 なんとかならんのか、と告げる口調は疲労困憊とも哀願切実とも取れた。
 放課後、熨しの取れかけたカッターに皺のいった背広は、中年男の哀愁に輪をかけて、教師だってただの人だと気づいてずいぶんになっていたが(アノ規格外のカテキョーに比べればしょせん公務員――いや、どんなおとなだってただの人だ)、その認識以上に情けない風情ではあった。ではあったが……発言自体に異論はなく、むしろ常日頃の実感として激しく同意見だったので、綱吉は、短く、「はぁ」と相槌を打つにとどめた。
 もちろん、なんとかなってほしいのはオレの方だよ、という言葉はかろうじて喉の奥に飲み込んで。
 そんな礼儀に適った応答も教師の側では不服であったらしい。眉間に深く谷ができた。
「何を言っても、うるせぇくだらねぇ干渉するな、だ。授業態度はいつだって最悪、そのくせ成績だけはいいときた」
 何をやっても、右腕ボンゴレ10代目で、要らないっていうのに世話焼いて、そのくせいつだってポイントがずれてんだ。
 彼といると綱吉はちっとも落ち着けない。
 何の気もない言動に全身全霊、時に(往々にして)明後日の方向へ全力で走り出すもので。
「本来なら親御さんに伝えることであって沢田に言うことじゃないんだけどな…」
 よほど気がかりなのか教師のため息はおそろしく深い。
「なんでかおまえの言うことだけは聞くらしいからな、頼む。もう少しなんとかしてやってくれ!」
(ムリだってば!)
 内心では全力で投げ返したが、あまりに哀れな風情に思わず、再び「はぁ」と応じてしまったのだった。
 
  * * * * *
 
「10代目! 先公のヤローは何の用だったんです?」
 教室に戻るや待ち構えていた勢いで駆け寄られて、思わず片足が半歩下がる。
「難癖をつけてきたんでしたらオレがきっちり果たしてやりますからご安心を!」
 綱吉に口を開く間すら与えず笑顔はどこまでもまぶしいほどだ。
(なんとかたって)
 そもそも、まずはコミュニケーションがうまくいかないのだ。たとえばここでさっきの経緯を包み隠さず話したとして、想像される反応といえば………果たしたり果たしたり果たしたり! つまりはそういうことにしかなりそうにない。
 だいたいどうして綱吉なのだ。
 人間爆撃機だのスモーキンボムだの大仰な二つ名を持っている彼だって、歳だけとれば中学生の未成年のはずで(欧州の血がそうさせるのか、派手な服装のせいか、ずいぶん大人びて見えるけれど!)。

 『本来なら親御さんに伝えることであって―――』

 木の股から生まれたんじゃないだろうから、彼にも親はいるはずだ。
 ――だけど。もし。もし、映画なんかでよくあるように(脳裏に浮かんだのはあいにく家なき子だったり母を訪ねる名作系だったが)悲劇の末にボンゴレに拾われてそれで―――だったりしたら……対応に困る。そこまで深く踏み込むのは怖い。まだ、表面的なことしか知らない。
 ……知らない。
 銀の髪。碧(みどり)の瞳。背は綱吉よりずっと高い。だけど、猫背で声は大きい。喧嘩っ早い。ビックリするくらい成績がいい。
 マフィアでダイナマイトを持っていて、タバコを吸う。
「10代目?」
 すごんだ顔、満面の笑み、小首を傾げた電器屋の犬。
 右腕ボンゴレ10代目。
 それ以外なんて。
(なんとか、なんて)
 オレに言われても困る。
 じっと答えを待つ彼には何でもないよと小さく返して、さっき教師がこぼしたのとそっくり同じため息をついた。

13/4/6 [ ]