*** 見えない尻尾(3.犬)
綱吉は犬が嫌いだ。
小さい頃にしょっちゅう追いかけられて(大きくなってからも、という事実からはちょっと目を逸らした)散々痛い目に遭わされたから、だから、犬を可愛いとはどうしても思えない。こっちが遠巻きにしていても向こうの都合で近寄ってきて気に障ったらガブリとやられる。小さくたってそうなのだ。大きいのなんて論外だ。
そんなわけで、綱吉は『彼』といると非常に落ち着かない。
人の顔色を読む術にだけは長けていたけれど、いつ気が変わって噛み付かれるだろう、とハラハラする。にこにこ笑顔を振りまかれると余計に。油断しないように自分に言い聞かせなきゃならない。
何かひとつしくじれば、彼もコロッと変わるだろう。
あのデカイ声で怒鳴りつけられた日には、自分はきっとひどく辛い思いをするだろう。
だって――…今、想像するだけでこんなにも胸が痛い。
彼が本当は犬なんかじゃなくて、猫なんじゃないかと疑っているからなおさらだ。
『人』じゃなくて『家』についてる、だけなんじゃないか、とそんな気がするからなおさらだ。
見えない尻尾が見えるような気がする度に、心に一つ膜を張る。いつそっぽを向かれても大丈夫なように。噛み付かれても引っ掻かれても傷が深くならないように、厚く固く心を鎧う。
少しずつ、すこしずつ、年輪が歳月を重ねるように……
そうして、ぐるぐる巻きになった心臓が毛の生えそうなくらい図太くなった頃。
鎧は真実鎧になって。
彼がくれたあたたかいたくさんが、綱吉を守って。
犬が嫌いじゃなくなったことに気がついた。