父親の訃報を男は瞬きひとつで飲んだ。
信じないそぶりも理解し損ねた様も見せなかった。ただ、強張った肩から力を抜いた。それだけだった。
いつまでも『ごっこ』だと言って改めない相手だが、遊びだからと手を抜くようなヤツではないと気づいてからは、あえて咎めることはしなかった(こいつの本当はちっぽけで広大な扇の中にしかないだけだった)。
立ち会ったのは、オレひとり。日のよく入る執務室には余人なく、主と男だけだった。
ガキの頃からつるんでいる馴れた面子だ。
主は悲痛な表情を隠そうともしなかったし、母語でないせいか気取って他人行儀に聞こえてしまうイタリア語も使わなかった。
「ごめん。ごめん、山本」
予兆はあった。
構成員のみならずその家族まで標的と定められた節があった。無策だったわけではない。可能なかぎり人員を割いて、避難を進めてはいた。――ただ、それもまずは足元のイタリアからだった。まさか、こんなにも早く極東の田舎に手をつけるとは思わなかった。……否、思っていてもどうしたって届かなかった。
だから、これはなるべくしてなった事態だ。
守護者のうち唯一ほんとうの本当にカタギの笹川家へ、表向き護衛の名目で、まだ幼い雷の守護者を送ったのは、とかく駒が足らずに苦心しておられる10代目にほんのわずか許された温情だった。
主の謝罪には小さく首を振って、男はそっと空気に音を乗せた。
「な、親父はどう死んだの」
開店前の仕込み途中、背後から音消し銃で急所に一発。驚くひましかなかっただろう――報告はそれですべて。
けれど、オレたち三人はきっと同じ光景を浮かべている。
広くはないが清潔な厨房の昼下がりの薄暗がり、仕込み中の出汁と染み付いた酢の匂い、展示用の保冷機には朝競り落とした自慢のネタ、鼻歌交じりに商売道具を研ぐ、背中。
こことは違う、水気を多分に含んだやわらかい空気を思い出しているに違いなかった。
父親の死に様を、男がどう思ったのかはわからない。いつもたいてい緩ませている顔が、どんな表情も選び損ねて能面のようにのっぺりとなっているだけで充分だ。
「ごめん、やまもと」
「謝んな、ツナのせーじゃねぇ」
「ご近所には脳溢血だって。お葬式も日本じゃできない。遺体は――」
「ツナ」
向き合うのに机を挟んだ距離は、主の弱音だ。窓を背にしてお顔を逆光においたのも。オレにも、男にも、そんなことは確かめるまでもなくわかりきったことだ。
大きな執務机まで歩を詰め、長い腕を渡して、男は主の頬を両手で捕らえた。黒檀で黄金を覗き込んだ。
「なんだ、ツナが泣いてくれると思ったのに」
男の大きな手に隠されて、オレから主の顔は見えなかった。ただ、「ダメだよ山本」――声はかすれることなく部屋を渉る。
「山本は自分で泣かなくちゃ」
男はいまさら狼狽えたように視線を泳がせてオレを見た。
「アホ。10代目の涙は、10代目のもんだ」
――おう、ボウズども! 手伝うってぇなら良いの食わしてやらんでもないぜ?
ひとり息子の悪友を懐広くかまって笑う男を、嫌いじゃなかった。
「そっか、ツナの分はツナの分か……」
ようやく男は顔を歪めて、ぽろりとひとつ、涙を落とした。