花は要らないよー獄寺くん。
と主は言った。
どうせなら食べられるものの方がいいなぁ、と成長期の男児らしく。
そんなわけでオレはあの方に改めて花を贈る機会をとうとう逸してしまった。贈れたのはお見舞いというめでたくもない出来事のたった一度。それも、ドジを踏んだオレの血に染まってしまった申し訳ない代物だけ。
せめて、その情けない事柄だけでも上書きをしてしまいたくて、あの騒動のあと幾度となく花束を携えお伺いしたのに、主は受け取ってくださらない。
「かーさーん、獄寺くんがお花くれたよー」
右から左へ、お母様に渡しておしまいになる。もちろん、お母様も花を捧げるに相応しい素敵なお方だが、オレはあなたへ差し上げたのに!
ダリア、マーガレット、バラ、もろもろ。(日本の花屋はどうしてこう季節を無視していつでもどんな花もあるんだ…)色鮮やかな華やかなやわらかい花たちはオレの無骨な手には少しも似合わなかったが、主の手に移った途端より一層輝きを増して見えて、その瞬間を見るのが好きだった。
瑞々しいそれが、まるでオレからこぼれ出る告白の束に思えたものだ。
口に出せない言葉の代わり、二十四時間はおそばに侍ってはいられないオレの代わりと思ったわけでは、なかったけれど。
主はいつもそっぽを向いて右から左。
あげく、何度目かには「お花はもう良いよもったいないし高いだろ」とやんわりと嗜められてしまった。まさか少し寂しくなっちまってたオレの懐具合にお気づきでしたか10代目ぇ…。
いつかまた、あなた自身に捧げることをお許しください、と口をつぐんだオレの裡で、色とりどりに思いはあふれる。
* * * * *
何かっていうと獄寺くんが花を持ってくるようになった。
最初は退院のお祝いだって、真っ赤なバラを。
今度は血じゃないってわかってたけど、怖くって、オレの目に入らないとこに飾って! と母さんに投げるように渡した。
次は、なんだったか忘れた。いろいろ言ってたけど、オレの耳には入ってなかった。開いた口が塞がらなかった。(なんて花だろう名前なんて知らない)可愛らしい色の小ぶりな花束を片手に朝日を浴びる獄寺くんは、まぁ、なんだ、どこの少女マンガから抜け出してきたのってくらい、美少年ー、の気配が漂っていたので。
それ以後も彼はいろんな花を抱えてやってきたけれど、どれひとつとして似合わないものなんてなくて、オレはもう呆れる以外になかった。花が似合うマフィア――いやいや、中学生男子ってどうなんだ。
いつも嬉しそうに、ちょっと照れくさそうに(もらう方はもっとだよ!)微笑みながら、どうぞって渡してくれるんだけど、まともになんて対峙できない。
獄寺くんの手の中にあるときは、きらきらと光にあふれて見えるそれらが、オレの手に移った途端なんだか不機嫌に黙り込んでしまうように感じられてつまらなかったし、それにあんまりにも獄寺くんの笑顔がまぶしくてこっぱずかしくて、お礼もそこそこに母さんにあげておしまいにしてしまう。
もらう花束はいつも綺麗に包まれた栽培種で、季節問わずに瑞々しい。もちろん花屋で買ってきてくれているんだろう。オレは花屋なんて近づいたこともないのに、獄寺くん、いったいどんな顔して花を買うんだろ? まさか、オレに渡してくれるときみたいな、蕩けたような顔はしてないだろうけど……想像するとなんだかちっとも面白くない。ついでに、どうも、最近獄寺くんのお昼ご飯のランクが低くなってる気がする。彼のことだ、食費を切り詰めてたりする恐れもあるんじゃないだろうか。
そんないろいろに負けて「花はもういいよ」と辞退したら、目に見えてがっかりされたけれど、オレの精神衛生上がまんしてもらうことにする。
いつか今までもらった花よりも一番彼に似合いそうなのを見つけたらオレから贈りかえしてやろう。どれだけくすぐったいか思い知るがいい、となんだってそんな仕返しみたいに考えたのか、深く自問はしなかった。