暴走しかける彼をなだめすかして落ち着かせるのは、今も昔も変わらない綱吉の役目だ。
もっとも近頃はさすがに大人になってその無駄に豊かな想像力をおかしな方向へ爆発的にくり広げる回数も減ってきた、とひそかに安堵していたのだが……どうやらその有り余る情熱は単に仕事に充てられていただけだったらしい。 ゆっくりする暇もあげられないな、と心苦しく思ってはいたが、まさかバブル戦士並みの勤労を強いていたとは思ってもみなかった。 (そーだよ、獄寺くんだよ) 子どものころから知らないうちに誰に命じられもしない夜間警護をナチュラルにこなしていた彼なのだ。放って置いたら好きなだけとことん――、なのだ。 しがみついて捕まえた格好のままため息をついたら、腕の中で鍛えられた身体が怯えたように萎縮した。 「申し訳ありません、あいつら10代目にくだんねぇこと……」 東洋の童顔のボスとその守護者は、まだまだちっとも認められていない。九代目の威光だけを支えに少しずつすこしずつ世代交代を進めている中で、唯一生まれながらにマフィアの文化に浸かった彼に負担がいくのはわかっていたことだ。 (オレ、相変わらずダメツナだなぁ) 自分のことで手いっぱいで、獄寺が毎朝元気に笑ってくれるものだから、すっかりどっぷり甘えてしまっていたのを自覚して、自己嫌悪も甚だしい。 広い背中に顔を埋めて、ため息をもう一度。 なんとかなりませんか、とまさに決死の表情で訴えた男たちを思い出す。 ほとんど綱吉の秘書のような仕事をしている獄寺の部下だ。言葉を直接に交わしたことはなかったけれど、顔はしょっちゅう見かけていた。みな、自分たちより年上の、マフィアの男。彼が選んだ(引き受けた)、特に頑固な荒くれの面子。右腕を自負して厄介ごとを率先して背負い込むのは彼の主義で。 「じゅうだいめ?」 無茶をする彼を諌めるのは、昔から綱吉の役目。 「くだらないってなに」 (なんとかするのは、オレの仕事) 「や、え、その…、オレ、ちっとも平気です元気ですから! 休みなんてくださらなくても!」 振り返ろうともがくのを力づくで押さえ込む。往生際が悪いのも知っていたのに、うかうかと見逃していた自分が情けない。 背後から伸び上がって、背の高い彼の右肩に何とか顎を乗せ、そうしておいて左手を回して顎を捕える。 「ふぅん? じゃ、誰に習ったのかなぁ、そのナチュラルメイク」 色の白い彼は、隈ができると目立つのだ。寝不足の日はすぐわかる。――と思っていたのに。 落ち込んでいるので、怒っているような硬い声が出るのが幸い、鏡がないのが幸いだ。声ほど、自分の表情を保てていないのを綱吉はわかっている。 こちらを見ようともがくのを止め、獄寺は右腕でそっと綱吉の頭を抱いた。 「……10代目……」 「理由はわかってるから、言い訳はいらないよ」 自惚れでもなんでもそれ以外の理由だったら、それこそ本当に速攻クビだ。 「どうしても駄目ッスか…?」 「だめ。あたりまえ。いつまでも続くはずがないだろ?」 「今が正念場なんです、もう少しで、もうちょっと」 「獄寺」 目指したものは遠い。入り口にも立てていない。焦る気持ちがないわけじゃない。けれど、それはもちろん誰かの犠牲の上に築くつもりはないのだ。 「わかってます、10代目。オレ、ちゃんとわかってます」 大きな手のひらが頭を撫ぜてくれるのが気持ちよくて、強がりも保てない。背伸びを止めて目頭をスーツの肩に押しつける。 「ほんとうに……?」 「本当です。だから」 「ダメ」 「うっ」 「零時回って日が昇るまでは仕事禁止!」 「うぅ……」 右腕ボンゴレ10代目――は、何年たってもどれだけたっても彼の行動理念の根幹で。 複雑な生い立ちも、マフィアであることへの執着も、一身に捧げられる全力の愛情も、全部、ぜんぶわかったうえで。 「返事は?」 「はぁい……」 まだまだ力不足で及ばないところもあるけれど。 (なんとかするのは、オレの仕事) 放って置いたら暴走する困った右腕に、そっと小さく口づけを落とした。 |
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